スペイン

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斜影はるかな国

「１９３６年、フランコ将軍らが蜂起して勃発したスペイン内戦。その最中に、ギジェルモ・サトウと名乗る日本人義勇兵がいた。通信社特報部の記者・龍門二郎は、男の足跡を取材するためスペインに飛ぶが、その裏には大いなる秘密が隠されていた―。スペインの過去と現代を舞台に描かれた、壮大な冒険ミステリー。解説・堀越千秋」（カバー裏表紙より）

　１９９０年の２月から一年間に渡り朝日新聞の夕刊に連載された長編小説である。ジャンルとしては著者お得意の「ハードボイルド＋サスペンス＋スペイン現代史＋広告業界」ものであり、傾向的には長編『スペイン灼熱の午後』とよく似た作品で「執念深い不死身の殺し屋＋意外な血縁関係＋スピーディーな展開＋どんでん返し（の連続）」で飽きさせない（新聞小説であったためだろうか『スペイン灼熱の午後』とは違い、バイオレンスとエロスはかなり抑え目だが）。

　「著者あとがき」にあたる巻末の「『斜影はるかな国』連載を終えて」には、「夕刊小説なので、気軽に楽しく読めるものを、と考えていたが、ことこころざしと違って、いつもながらの複雑、長大な小説になってしまった。」と書かれている。確かに登場人物は多く、舞台も日本、スペイン、イギリスに渡り、かつ時間的にはスペイン内戦時と現代とが交錯しており、毎日少しづつ夕刊で読んでいた読者は果たしてこの小説の全体像を把握できたのだろうかと心配になってしまうほどだ。実は私も最初は毎日少しづつ本を開いていたのだが、なかなか頭に入らず読み進めなかった。それでも読み続けていると、途中から展開が急に速くなって以降は逆に止めることができず、まる一日かけて読了してしまった。

　発端はスペイン遊学中の花形理絵が遭遇した殺人事件である。花形女史と言えば、岡坂神策シリーズ『十字路に立つ女』で魅力を振りまいたスペイン文学専攻の「明央大学」助教授である。ハードボイルドな岡坂が惚れたほどの魅力的な女性をスペイン男が放っておく筈もなく（おそらく今までは幾度も危ない目に遭いながらもおそらくはすり抜けてきたのだろうが）、酔った同僚に強引に物陰に引きずり込まれてしまうが、その同僚は殺し屋風の男に刺殺されてしまう。　

　内戦時のエロール・フリンとヘミングウェイの挿話や、ソ連スパイの親玉であったオルロフの話などは、岡坂神策シリーズ短編でも取り上げられており、まさにこの本は著者のスペイン現代史研究の集大成のような作品となっている。その岡坂はこの話には直接登場はしないのだが、理絵が日本の岡坂に電話した直後の場面が描かれており、言わば岡坂シリーズの番外編としても楽しむことができる。

　しかしながらこの物語の主人公は花形理絵ではなく、日本からスペイン内戦時の日本人義勇兵の話題をルポしに来た理絵とも旧知の通信社記者、龍門二郎である。そしてフリーのライターでグルメ関係の取材をしにスペインにやって来ていた、龍門の「旧友」である冠木千夏子、日本人ギタリストの風間新平、殺人事件の捜査に従事する治安警備隊のクレメンテ少佐と国家警察のバルボンティン刑事、謎の殺し屋マタロン（例によってしつこいしつこい）、龍門の関連会社の現地法人所長新宅春樹等々が絡み、加えてカットバック的に挟まれる内戦時のエピソードでは龍門が探す日本人義勇兵ギジェルモ・サトウ（「ギジェルモ」は仏語のギヨーム、独語のヴィルヘルム、英語のウィリアムと同じスペイン語の人名）とその周辺が描かれているため、登場人物はかなりの多人数となっている。

　逢坂本が初めてではない方は、クライマックスがどうなるか登場人物だけで想像できてしまうかもしれないのだが、著者がかつて読者に対して犯した大きな罪（原罪とでも呼ぼうか）のために、読者はまたあの悪夢が再現されるのでは・・・、と最初から疑心暗鬼になりつつ読むためにサスペンスが増幅されるのは著者の遠大な計画だったのだろうか。

　解説の堀越千秋氏は新聞連載時に挿絵を描いたスペイン在住の画家。連載開始前に著者が敢行したスペイン取材の思い出話が載っていて興味深い。また挿絵画家の中一弥氏が著者の父親とのこともこの文によってはじめて知った。

　今回は文春文庫で出たものを読んだのだが、既に文庫化も三回目であり（最初は朝日文芸文庫、次いで逢坂剛のスペインものが充実している講談社文庫）、やはり長く売れている作品なのだろう。(04.12.23-26)

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最終更新日08/11/25
初掲載告知日04/12/26