サン・フォリアン寺院の首吊人

「　男はメーグレの目前でピストル自殺をとげた。この浮浪者同然の男が、ブラッセルで３万フランの大金を送るのを目撃して以来、警部は後を尾けていたのだ。遺品はすりきれた黒い鞄一つ。中には、ぼろにひとしい古着が一着。
　鑑識の結果、上着には10年以上まえに付着したと思われる、かすかな血痕があった。そして不可解なことに、自殺した男は生前、大金を各地からパリの自宅に送っては、それをすべて燃やしていたというのだ。
　執拗なメーグレの操作のまえに、死んだ浮浪者の哀切な過去と、かつてのおぞましい事件が再現されていゆく−−。
　妖異なムードを湛えた、シムノン推理の異色傑作！」（カバー見返しより）

　パリ司法警察のメグレ警部（警視）シリーズの初期長編（第3作目らしい）である。この水谷訳の初版は昭和32年で再版は20年近く経ってからされている。今の文庫収録作品の盛衰と比べるとなんと悠長なことだろうか。図書館で借りたのだが、紙も当時は酸性紙だったのだろうか、かなり茶色に変色していた。

　メグレはこの本では「メーグレ」と呼称されている。オープニングの舞台はパリではなくオランダである。その後ブレーメン（ドイツ）やリエージュ（ベルギー。シムノンの生まれ故郷）なども舞台となる。メグレは元々出張でベルギーに来ていたのだが、例によって怪しいとにらんだ男を執拗な尾行で探りはじめる（どう見ても合法的な捜査とは言えないのでメグレの。しかし、メグレの明らかに犯罪的な行いによって男は口にピストルを突っ込んで自殺してしまう。

　その後のメグレの捜査も強引である。非合法な捜査に対する男の死に責任を感じ、良心の呵責に苛まれたことも手伝ってだろうか国境も越えて男の周辺に浮かぶ謎を解き明かすべく一歩一歩突き進んでいく。しかし、一体全体パリ警察の一介の刑事でしかないメグレに何の権限があってこんな捜査をすることが許されているのだろうか、と時々思ってしまう。徐々に謎に迫っていく行動力は超人的であり、まさに捜査の鬼である。最後には犯人サイドもメグレとの我慢比べに根負けして一気に秘密の暴露合戦になってしまうのだが、今回はメグレにも勝利感はまったくない。

　シムノンの人物描写とサスペンスの盛り上げ方はさすがに巧いもので、心理戦に持ち込まれた犯人サイドがメグレに追い詰められて徐々に憔悴していく様や、メグレの買収までをも図ろうとする描写等読んでいても犯人サイドが気の毒に思えるほどだ。

　この小説を読んだ後は当然のことながら江戸川乱歩がこの小説からアイデアを拝借したという『幽鬼の塔』にも挑戦してみたい。（04.11.27)

『フランスを読もう！』目次へ

『フランス・パリ』
目次へ

最終更新日 08/11/20
初掲載告知日 04/11/27